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2018年2月28日 (水)

晴れ渡る空の中で(1)

御報告です。


2018年2月24日(土)

午後12時31分、トラは8ヶ月に渡る慢性腎不全末期との闘病を終えました。

余命一週間。と冷たい響きの診断が降りた2017年6月21日の、あの瞬間を吹き飛ばすかのように最後まで諦めることなく生涯を全うしました。




2011年の初夏、我が家のサンデッキにひょっこりと現れた、常に笑顔で可愛い仔猫のような不思議な子。彼の陽気なペースに巻き込む事がとても上手で、いつの間にか周りを明るい光に包んでくれる。私達の大切な大切な宝物であり、一家の太陽のような明るい子でした。


↑うちに来た頃の写真です


前日23日はいつもよりも元気で、朝の投薬も補液も頑張りました。トイレに入れるとすぐに用を足してくれました。少なくなったように感じた尿量も勢いを取り戻していて、ここ一週間見たことのない大きな便も出してくれていました。お気に入りの無印のクッションで暫く休んだ後、お手手をフルに使い匍匐前進しながら酸素を吸いに酸素ハウスのベッドへ一人で戻って行きました。そのうち、お腹が空いたら好物の腎臓ケア用ドライフード(懐石ZEPPIN 15歳用)とシーバの高齢猫用のまぐろ&鯛味をカリカリと美味しそうに頬張っていました。








家人には「トラ、いつもよりも元気が良いよ!」とメールをしました。21時に夜の分の補液を終え、22時前にやっと家人が帰宅した30分後。

ガタン!!! と酸素ハウスの中で異変の音が鳴り、目を向けるとトラが四肢を突っ張った形で痙攣をしていました。

遂に尿毒症が脳に到達してしまったのです。ずっと恐れていた事態に私は叫びを上げることしか出来ませんでした。家人は冷静に優しくトラを撫で、落ち着かせました。

「痙攣が始まってしまったら、もう数日も命が持たないんだよ…」

家人にそう告げることはどうしても出来ず、「痙攣で怪我したら心配だから一晩見ている」ということにして寝ずにトラを見守りました。最初の痙攣、22:30から翌朝4:00までの一時間毎に計5回、トラの小さな体は1分前後の短い痙攣を起こしました。痙攣が起こればさすり、血液のポンプ役の心臓をサポートするべく冷たい手足を揉み、身体中を撫でて拭いて励まして、を繰り返しました。



朝6時には家人が起床し、看病を交代してくれました。酸素ハウスからは出し、毛布ごと抱き締めながら見守ろう、と家人が決意しました。酸素は口元に当てられるようにし、薄い毛布でテントを作り、トラの大好きなソファーの席に移動しました。家人は時々、スポイトでゆっくり口に(湿らせる程度に)水を落としながらトラに付き添ってくれてました。私が次に起きた時間は最後の痙攣が来た、朝8時25分頃です。



「なるべく首を上げたら楽になるみたいだね」と、家人が教えてくれました。写真は、ほんの束の間、ホッとしたように穏やかな顔で眠っているトラです。(これが命芽吹くトラの最後の写真になりました)

一時間足らず、トラは休みました。が、また大きな瞳を目一杯開き、瞳孔が開いた真っ黒なお目目で横に伏せた姿勢のまま、どこかへ歩むような動作を始めました。

最初の痙攣から14時間後。口呼吸が激しくなり、歩みが早くなり……何処かに着いたのでしょうか。聞いたことのない大きな力強い声で二回「ニャーーーー!!!」と叫ぶように鳴き、力が抜けていくトラを感じました。

お尻周りに敷いたペットシーツが真っ黄色な「毒素」で染まっているのを見ても、何が起こったのか理解が出来ませんでした。……でも、数分間に渡りトラの身体を触ってみても、じっと見つめてみても。あのフワフワの可愛いお腹がペコペコと上下しながら動くことは もう、ありませんでした…。


私は、20代後半から30代前半まで、相次いで肉親を癌で亡くしています。最期はいつも自宅療養での介護でした。「体も心も弱い母」の代わりに「鈍い精神」の私が肉親二人を介護をしました。介護は或る日突然に終わります。このまま茫然としていたら、その間に恐ろしいほどの悲しみの波が襲ってきて動けなくなってしまう事を急に思い出しました。

頭が真っ白になる前に、今のトラの綺麗な身体を保ったまま天へ返せるようにドライアイス(4kg)と棺にする箱の手配、そしてレンタルの順番を待っている子達がいるかも知れない酸素ハウスの返却の手続き、棺に入れる花の宅配依頼の電話を次々とかけました。

火葬に関しては個別火葬、お骨拾いなどの希望が叶うサービスを探しましたが、自宅引き取りと返骨のみで火葬には付き添えないものや、移動火葬車での形のものしか見つからず困り果てていたところ、家人がイオンのペットメモリアルなびから、個別火葬、お骨拾い、そして葬儀までをして下さる霊園を探してくれました。

ペット斎場はまだまだ選択が難しく、市営サービスでは合同火葬のみで返骨無しであったり、個別火葬が出来ても混雑期は一週間待ちなどザラなのですが、そちらの霊園は由緒ある神社が運営しており、次の日の午前中には火葬と葬儀の予約を入れてもらえました。


家人の休日である土日に 全ての段取りを付けてくれたかのように旅立ったトラに改めて敬意を示しながら……なんの実感も無いまま、夕方に届いた花をドライアイスを入れたトラの眠る箱の横に飾り、遺影に使う「トラらしい」表情とポーズの写真をプリントしました。ドライアイスを明日まで持たせる為に家中の暖房を消し、相棒猫ピャーには謝りながら厚着と毛布で一晩過ごしました。



「今夜はお通夜になるのかな…」
「それなら、部屋の明かりは付けっ放しで、交代で『寝ずの番』をしないとね」

家人とそんな話をしました。食事をする気力もない私達夫婦は飲み物だけを飲み、トラの楽しい想い出を語り合いました。明日の午後には、あの愛しいトラトラ縞模様の身体を見ることができなくなる…。そんなことは、なるべく考えないようにしながら。


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